A photograph of Yusuke

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乙宝寺 ライトアップ2

つづきです

ここは 雪でなく雪交じりの雨が降っていました
雪も 当方と比べて あまり大して積もってもおらず ちょっとビックリでしたね

DSC_5539_20150102012945f65.jpg


興味がございましたら 長い文章ですがご覧ください^^;
乙宝寺のHPより・・・

天平八年(七三六年)聖武天皇の勅願を受けて行基菩薩、婆羅門僧正の二人の高僧によって開山されました。七堂伽藍の中心、金堂には胎蔵界大日如来、阿弥陀如来、薬師如来の三尊が当山の本尊としておまつりされています。
婆羅門僧正は名を菩提僊那(ぼだいせんな)と言って印度より渡来した高僧で、その際に釈尊の両眼の舎利を請来されました。右眼のお舎利は日本へ渡来する前に中国へ渡りお寺を建ててそれを納め供養しました。そして日本へ渡来し、聖武天皇の勅願を受けて建てたお寺に左眼の舎利を納めて供養をしました。
釈尊の両眼の舎利を二ヵ寺、甲と乙に分けて御供養したことから彼の国のお寺は「甲寺」、此の国のお寺は「乙寺」と名付けられました。その乙寺が現在の乙宝寺であります。
開創から少し時代が下り、当山の左眼舎利供養のため後白河院より舎利を奉安する金の宝塔を賜り、併せて「宝」の一文字を与えられ爾来乙宝寺と名前を変えて現在に至っています。

聖武天皇は仏教による鎮護国家の理念に基づき、全国に国分寺・国分尼寺を建立されました。そして同じく勅願を奉じて北陸一帯の安穏を願って建立されたのが乙宝寺であります。その開創に携わった婆羅門僧正は釈尊左眼舎利を奉安し、行基菩薩は自ら三体の御仏を刻み本尊とされました。
これは乙宝寺第二番の巡礼歌ですが、右眼が唐土(中国)に左眼が本朝の当寺に納められたという縁由をうたっております。




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Comments 2

ユウスケ  
北さんへ

こんばんは
一眼カメラをマニュアルで写すことは
積み重ねていく経験値が 大いに役立っています
でも それだけでは面白くない
新鮮な写真も撮りたいんですね いろいろな写し方を試しています
上を目指すことで 楽しさもまた新たになります
だからやめられないww

乙宝寺の放水訓練は 国の重要文化財に指定されている三重塔を守るため
毎年 一月に行われています
今年も 1月25日にあるので 見に行けたらと思っています
北さんの記憶 まだまだ大丈夫ですよ^^お見事!

2015/01/05 (Mon) 00:48 | EDIT | REPLY |   
北さん  

「向上心」・・・正にユウスケさんの写真に対する姿勢(生きる姿勢も)そのものうで、敬服しています。

この「乙宝寺」去年も勉強させて頂きましたが、
およその事位で、細部にいたってはすっかり忘れてしまっていました。www
出初式?か何かで放水していましたね・・・・???(
不安がよぎる。www)
最近、色々な記憶が混同して困ります。・・・e-351


2015/01/04 (Sun) 09:40 | EDIT | REPLY |   

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